花かわいいよ花 | 泣くなぐ | クラクラ

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夫は衝動を抑えられなかった。

とっさだった。
女性に対して奥手だった哲夫だが、何故かこの時だけは驚くほど素直に言葉が出た。

 

「で、電話番号を…交換しませんか!!!」

 

哲夫46歳。
今まで女性と交際たことはない。
いや、あれを交際と呼べるなら哲夫は1度だけ交際を経験している。

校1年の夏休み、哲夫は1人部屋でファミコンをしていた。
スーパーマリオ。流行りのゲームだ。
髭のおっさん兄弟が土管を潜り抜け、キノコを食しながら亀から姫を助けるゲームだ。

なんだこの設定。

 

プルルルルルル─

 

電話が鳴った。

電話をかけてくれる友達も居ないのに親にせがんで部屋に置いてもらった哲夫専用の回線だ。
手に入れたとき、これで親に気兼ねなく長電話できると小躍りした哲夫だったが全く鳴らない電話にかえって親が気兼ねした。

「もしもし?」

「もしもし?哲夫君?」

電話の相手は花だった。

クラスで1番の美少女から‥なんて夢のような事を期待した哲夫だが、
隣に住む幼なじみでお世辞にも可愛いとは言えない少女からの電話に少し落胆した。

「なんだお前か。何で俺の番号しってんの?」

「そんなことは良いのよ、あんた今日暇でしょ?」

花は馴れ馴れしく哲夫に話しかける。
そして哲夫が暇だと決めつける。
その通りなのだが。

どうも花は隣の高校に通う友達に、夏休みに彼氏が出来たと嘘をついてしまったらしい。

だってあんまりにも自分の彼氏を自慢するから私だって負けてないよって言っちゃったんだモン。

いつもこれだ。
小さい時から花に付き合わされている哲夫はまたかと苦笑した。
彼女に関わってもろくな目に合わないことを哲夫は経験上知っていた、そして彼女の強引な誘いから決して逃げられないことも。
どうせ断れないことはわかっていたが、取り敢えず抵抗してみる。

「今日は俺、忙しくて」

「嘘おっしゃい。さっき家の前でおばさんに会った時、哲夫は毎日ゴロゴロしてるって言ってたわよ」

‥ぐう。これは抵抗しないほうが利口だな。
わかったよ。
哲夫はしぶしぶ了承した。

待合せは遊園地。
そこで友達カップルとダブルデートの算段だ。
しぶしぶで了承したの哲夫だが、どうせ部屋でゴロゴロするなら遊園地で女の子と遊ぶ方がよっぽど楽しい。

しらずしらず鼻唄を歌いながら用意をする哲夫。
お調子者の性格はこの頃から今も変わらない。

 

ダブルデートは思いの外楽しかった。
花がサンドイッチを作ってきたことに驚き、その味にまた驚く。
ジェットコースターなんか怖く無いと勇んで乗り込んだ割に、降りたあと哲夫の手を掴んできた。

 

女の子なんだな。
哲夫は改めて花を覗き見る。

「かわいい‥かもな」

この時はじめて花を意識した。
と同時にとてつも無く恥ずかしくなる。

 

熱でもあるの?

 

と花に聞かれて更に顔を赤くする。
これだから道程は。

帰り道、おしゃべりな花は何も話さなかった。
無言の2人。
でもなんだか今まで以上に花を近くに感じた。
そして花が不意に言う。

 

「私達さ、このまま付き合っちゃう?」

 

哲夫は衝動を抑えられなかった。
とっさだった。 女性に対して奥手だった哲夫だが、何故かこの時だけは驚くほどするすると言葉が出た。

 

「冗談!何でお前みたいな男女と。」

 

この時の、彼女の悲しそうな顔を哲夫は30年間忘れられない。

なぜそんな事を、何度も後悔し何度も思い返す。
あの時”うん”と答えていれば。
「冗談だよ!」

 

彼女は笑いながら答えた。

そしてそれ以降、彼女と言葉をかわすことはなかった。

哲夫は、もう2度と軽率に言葉を発しないと誓った。
本来お調子者の哲夫が、慎重すぎるほど慎重に言葉を選んで話しそれが故に女性からつまらない奴と評価されるのはこんな理由があったのだ。

「で、電話番号を…交換しませんか!!!」

まただ。また衝動的に言葉を発してしまった。
痴漢に間違われた男が、何を言うか。
哲夫は自分の言葉に失望した。

子は、孤独だった。

大学を出て、深く考えずに地方銀行に就職したものの、行内では先輩社員に怒られ、上司にセクハラを受け、毎日が散々だった。

しかし、この不況の中退社する勇気は彼女になかった。
そんな彼女に取っての唯一の癒やしがクラクラだったのだ。
しかし、最近クラクラでも思ったように成果が残せない。癒やしであったはずのゲームが彼女にとって重く負担としてのしかかっていた。
そんな中、突然彼女の心に深く深く、そして甘く刺さる助言。

「WBはあと1マス左に出したらベストだったね」

良子は、自分の心が淡く染まるのを感じていた。

「で、電話番号を…交換しませんか!!!」

良子はハッと我に返る。
まさか、この男の口からこんな言葉が出るとは。
嬉しかった。
ただただ、嬉しかった。
彼こそが私の足りない部分を埋めてくれる最後のピースなのかもしれない。

 

そして良子はゆっくりと口を開いた。

 

「対戦中に電話がかかってくると嫌なのでゴメンナサイ」

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Quwrof

右投げ右打ちのサイドスロー中継ぎ投手。

座右の銘は「人のにぎったオニギリは味わわない」
とにかく早々に口腔を通過することに専念する。

クリプロのコンダクターでいて、LinkJPクラングループのリーダー。

特技は、活きたイカを殺すこと。
2本の指で確実に仕留める、イカ最大にして最強の敵。

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