援軍のお礼が禁止!?いや、だってわるい事じゃないし!その理由

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おはようございます!

あっちゃん( @AcidmanTener)です!

まほらまには「援軍をもらう時のお礼は禁止」というルールがあります

これは、マッチング調整のために高タウンホールの人数を制限していることが関係します

高レベルの援軍を安定して供給するためには、トップの人たちが仕事のあいまを見計らい援軍のためだけにインしなければなりません

なので、お礼をされても反応できないことが多く「呼びかけたのに無視された」というスレちがいがおきてしまうことが多々。なので、仕方なく…

ですが、低タウンホールの方たちにとってお礼は唯一の対価。そう思っているひとは多い

低タウンホールの人たちが援軍をあたえても「すみません、高レベルのをお願いします」と言われてしまいますから、なおさらです

そんな彼らが対価だとおもっている『お礼』。それが禁止となると、心ぐるしいのでしょうねぇ…「お礼はどうしてもダメですか?」と筆者に相談してくる方もいらっしゃいます

 

良いんです

 

あなた方が払ってないとおもっているその対価。じつはすでにいただいております

キレイゴトのように聞こえるでしょうが「援軍をもらってくれているだけ」でかなりいただいているんです

・クランに居てくれている

・援軍送信数の増加

・未来の戦力

パッとおもいつくだけでこれくらい

もし、どうしてもカタチにして返したいのならこの先もずっと援軍を送らせてほしい。そして将来は肩をならべて戦ってほしい。そう思っています

感情論抜きで、ほんとに助かっているんですよ

 

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対価についてのブログを書きすすめている途中、ふと、去年のことを思いだしました

ちょっと説教くさい筆者の失敗談です

お時間がある方はどうぞ

 

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筆者はあかんぼうの頃、両親が離婚し母にひきとられました。そのまま母の実家へ。

母は筆者と姉2人…合わせて3人の子供を、早朝から深夜まではたらき養ってくれました。当然ほとんど家にはいません

しかし兄弟がいますし、なにより祖父母がいたのでさみしいという感覚はうすく。むしろ、自分には母が2人と父が1人いる。周りより親が多い。そんな感覚でした

 

ここでは、その父親代わりの祖父。その周りで起こった対価についてお話させていただきます

 

祖父は厳格なひと…というか、戦時を生きぬいたせいか最強生物といった感じの人で

筆者が姉とケンカしたとき、手をあげると「男が女に手をだすな!」と筆者を近くの川にぶちこむ。そんな昔かたぎのアンチクショウでした

(子供を川になげこむのはえぇんかい!と、当時の筆者は子供ながらにおもいました…)

でも、そんな祖父ですが筆者は尊敬してました。というか、いまでも一番尊敬しています。こういうひとでありたいと思ってます

とにかく真っ直ぐで、筋をとおすこと、人道に反してはいけないことを徹底したひと

筆者が学生のとき。チャリンコが故障、間がわるいことにそれをなおせる祖父と大ゲンカ。「明日は徒歩だな…」と思いながら就寝。そして朝、玄関を見ると

そこにはしっかりと整備されたチャリンコが置いてありました

ケンカしてるから困らせてやろう。キライだから手を貸さないでやろう。そういう陰湿なことをしない、祖父は大きな大きなひとでした

 

その祖父が去年、倒れました

倒れる5年ほどまえから「いつ亡くなってもおかしくない、なぜ動けるのか、ましてや釣りに出かけられるのかわからない」と医者から言われ

「しぶとかろ?もし俺が死んだらお前ら打ちあげにいってこい!」と家族にはなしていた最強生物。そんな祖父

これまでに何度か入院したことがあり、その度に「すまん!死にそびれた!」と笑いながら退院してきた。そんな祖父

今回ばかりは冗談ではすまない状態でした

祖母が毎日病院にかよい、とおい親戚のかたが県外からこられることも多くなった折り。家族のなかで唯一、自分の車をもつ筆者。ある役目がうまれました

それは、家族や親戚の送迎。

仕事のあいまをぬい、親戚と時間をあわせ、できるだけ周りが祖父のおみまいに行けるように尽力

ここで筆者はおおきなミスを犯します

それが対価でした

祖母や親戚、そして祖父は、筆者が車をだしてくれることが本当に嬉しかったのでしょう

車を出すたびに送迎代と言ってお金をくれたのです

もちろん断りました。ですが「出したものをひっこませるな!」と言われ…

受け取ってしまったのです

 

それから先は地獄でした

祖母や親戚から「また送迎お願いできる?」と頼まれたとき、また送迎代を渡されるのではないかと申し訳なくなり「ごめん、その日は仕事があって、タクシーで行って」とウソをつき

いくら祖父に会いたくても、自分から「祖父のおみまいにいきたい」と言えなくなってしまったのです。言うと、どうしてもお金をせびっているように感じてしまう…チンケなプライドが邪魔をするのです

少しずつ減っていくおみまいの回数。祖父は帰りぎわに「あっちゃん、そういえばね」と言うのがクセになり

祖母がそれを「あんた、帰りぎわにあっちゃんに話をふるのはやめなさい」とさとす。このやりとりが通例となった頃に、祖父は…

 

どうして、あのときお金を受け取ってしまったのか。と未だによくおもいます

 

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対価は目に見えるものだけではありません

返したくなるキモチはわかります

ですが、見えないだけでもっと価値のあるものを、すでに返してもらってたりするのです

なので、低タウンホールの方たちは気にせずに援軍をもらいまくってください!

 

つか、どんどんもらってサッサと肩をならべんかゴラァァァ!!

 

(それが筆者にとって一番の対価なんですよ)

それでは!今日も実りある日になりますよう

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