帰郷で感じる自分の成長(後編)|ばかごろ|クラクラ

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クラクラ_バカにしたヤツ皆殺し

みずです。
私は甘え癖があるんです。
姉3人の末っ子長男。
漫画みたいな世界ですがw

まあ許されるだろ!

みたいな気持ちが抜けなくて。
それが隙になってしまうってのを嫌というほど経験しました。
7年前から自分の何が変わったのか。
それを考えてみたいと思います。

7年ぶりのフェリー

フェリーを選んだ私の足取りは軽かった。
小倉駅に行くのも慣れたものだ。
さっさと新幹線のチケットを購入し乗り込んだ。
博多から小倉までは20分程度の距離だった。

時間の潰し方も慣れたものだ。
カフェに入りメールを確認する。
以前は何をしていたか覚えていない。
そして、駅からフェリー乗り場へ歩いた。

見慣れた道だった。
しかし、以前と違うのは不安は全くなかった。
2等寝台のチケットを購入し、 スーツケースを持って乗船する。
ベットに入った途端にPCを取り出す。

メールチェックだ。
そして、部下からの報告に目を通す。
私は出来ることはその場でやってしまうタイプだ。
そこにも不安はない。

慣れ

それはもう慣れだった。

連日の出張という外への慣れ。
7年間様々な問題と向き合い対処してきた。
メールで多少トラブルを見ても動じない。
読めば解決のイメージが浮かぶ。
とにかく慣れだ。

7年前の私は全てがはじめての事ばかりだった。

結婚したばかり
子供も産まれたばかり
愛媛から移住するのも初めて
新幹線に飛行機も
仕事も始めたばかり

とにかく色んな不安を抱えていた。
仕事人として、
父親として、
夫として、

私はやっていけるのだろうか。
自分と向き合い戦うことにも慣れていなかった。
ただ、フェリーに乗って実感する。
私はあの頃の弱い自分ではない。
死に物狂いで戦ってきた私は確実に成長したのだ。

出来ない人の気持ちがわからん

私はよくこう言われる。
仕事でもクラクラでも。

それは違う。
自分と戦わず逃げる人間の気持ちが分かるから厳しい。
私自身がそうだったから。
フェリーで、不安で下腹が冷たくなるのを感じていた私だから。
なぜ私は戦えて、戦えない人がいるのか。

それは自分に嘘をついても平気になっているから

だと私は思う。
それが平気になってしまったらもう戻れない。
だから人は戦うことをやめたら終わりなのだ。

他人と戦うのではなく、己と戦え。

よく部下に伝える言葉だ。

自分との戦い

部下から朝と夕方に電話が入る。
報告の時間だ。
一言目で大体分かる。
部下が本気かどうかは。

機嫌を取りに来たら、ピシャリと叱る。

逃げたらいかん。
辛いのも逃げたいのも分かる。
けど、それに慣れたら終わる。
お前はそんなもんじゃないはずだ。

私はもともと弱い人間だから、
部下が何を考えているかよく分かる。
何を恐れているのかよく分かる。

だからそこから救ってやりたい。
それには時間がかかる。
人の本質は変わらない。
けれど、自分が変わりたいと思えば変われる。

フェリーで部下からの電話を受け

お前の気持ちはよく分かる。
今不安なのはコレだろう?
俺がフォローするから大丈夫だ。
不安で今日は仕事が手につかなかったんだろ?
そういう時もある。
大丈夫だ。

7年前の自分にも言ってやりたい。

愛媛到着

翌朝5時に到着した。
そして実家へ。
慣れたタクシーで家へ向かった。

父が喪主だった。
しかし、父はパーキンソン病を患っており、
言葉が上手く出ない。

通夜と告別式の挨拶は私がする事になった。
祖母は享年91歳。
とても聡明な人だった。
今年の6月に怪我をして入院、
そこで薬や看護が合わずに急に食事が取れなくなった。
そこからは早かった。

入院は拒み、在宅治療を選んだ。
食事が取れずに歩けなくなった。
ある日から、祖母は水も口にしなくなった。
点滴もいらないと言う。

死なせて欲しい。

そういう事だった。
子供に迷惑かけるなら、このまま逝く。
それが祖母の希望したことだった。
叔母が看病し1週間後に息を引き取った。
厳格で厳しい人だった。
最後まで、気丈に強く生きた。

その人に私は親族代表として挨拶をする。

親族代表挨拶の重さ

私が思ったのはこうだ。

私よりも父や叔母、兄妹は強い思いがある。
それをどう代弁できるのか。
親族の中で最も若く稚拙な自分に。
ネットで挨拶文を調べた。
この程度でいいならば簡単だ。
しかし、父に恥をかかせるわけにはいかない。

だから自分の言葉で語ろうと思った。
以下は実際に話した全文
 
親族を代表致しましてご挨拶申し上げます。
本日は祖母の告別式にご参列頂きまして誠にありがとうございます。

本来であれば喪主である父が自分の言葉で皆様にそして、母にお話をしたかったと思います。しかし、体調がすぐれない事もあり、言葉にする事も困難な状態です。その父の心中は皆様お察しください。

祖母は厳しく厳格な人であったと聞いております。父には、人に優しく、人を助けなさい。ずっとそう言って人の大切さを話していたそうです。多くは語らない人であったとも聞きました。上辺の優しさではなく、厳しさという本当の優しさで接してくれていたのだと思います。

6月頃に怪我をして入院をしました。その時から食事が困難となり、退院後は在宅治療を受けることになりました。動く事も困難になった後は、延命治療は一切しない。と最後まで毅然とされていたそうです。叔母に支えられ祖母らしい強い意志を持って最後まで戦ったのだと思います。

そして、皆様のおかげで告別式も滞りなくすみ、これより出棺の運びとなります。残された家族に対しましてもこれまで通りのご指導をお願い申し上げます。

本日は誠にありがとうございました。
 

隣で父が泣いていた。
話したくても話せん。
でも、ありがとうと。
肩を震わす父を見ていると泣けてきた。
私がここで泣くわけにはいかない。

代表として前に立った瞬間に私に注目が集まる。
慣れていた。
しかし、仕事のソレとは違った。
祖母を送る人生で一度きりの舞台。
私は耐えた。
耐えて思いを全て伝えた。

私は何かを代表して人前で話すことが増えた。
会社であったり何かの集まりであったり。
経験してきたから分かる。
年齢ではないのだと。
フェリーで震えていた私はもういない。

クラクラ

家に戻って落ち着いてからクラクラを開いた。
とても疲れきって話す気分ではない。
BBAというクランはそれでも受け入れてくれる。
ゴブリンラッシュで資源を奪い、
その後にジャイアンを援軍申請する。

メンバーそれぞれに時間は流れ、
それぞれ、不安や恐怖と戦い、
時に敗れ傷つき、
癒しを求めに来る。
または、何か言葉を求めに来る。

メンバーは全員部下だと思っている。
だから本気で関わる。
けれど知って欲しい。
私も弱いのだと。
その弱さと7年向き合い、
一歩ずつ進んできた。

私は支える人間になりたい。
クランをそういう場にしたい。

全勝でなくていい7勝3敗。
自分との戦いはそれくらいでいい。
何かあったら支えるから、
何でも相談して欲しい。

では、メンバーと幸せなクラクラライフを
 

みずみず

みず

クランBBARushリーダー
年齢:31
性別:男
福岡在住、妻、子供3人(7歳長女、4歳長男、0歳二男)
根っからの営業マンです!

個人ブログはこちら
http://clashofclans-mizu.hatenablog.jp/

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